TPP、11カ国で米国に先手を

TPP、11カ国で米国に先手を

慶應義塾大学
大学院経済学研究科委員長
木村 福成 氏


聞き手 編集局長 島田一

――TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)はどうなっていくのか…。


木村 米国のトランプ政権がはっきりとTPP離脱を決定したことから、米国がTPPに戻ってくるのは一層難しい状況となっている。ただ、現時点でトランプ大統領がTPPの内容をよく理解しているのかという問題は大いにあり、今後考えを改める可能性もある。とはいえ、政治的に大きく取り上げられてしまったため、やはりそのまま戻る訳にはいかないだろう。そんななか、TPP12マイナス1構想(米国抜き)が出ているが、日本政府が提案しているように協定文をほぼ変えないで合意できる国があるかどうか問題だ。協定自体は、特に東アジアにとって今までになかったレベルの自由化を約束しており、国際ルール作りという面でも意義のある協定であるため、加盟国が減ったとしても発効させておく利点は大いにあり、是非目指してほしいところだ。ただ、実際のところは成り立つ可能性は高くないと見ている。なぜならば最大の輸入国である米国と交渉したから譲歩したという部分が各国共にあるためだ。特にベトナムやマレーシアは、もともと米国との二国間FTAが無かったため、TPPで米国市場にアクセスできるという大きなインセンティブがあり、そのインセンティブと引き替えに多くのものを譲歩している。米国を失った今、政治的コストを負ってもTPPを続けるかどうかは懐疑的だ。また、オーストラリアでさえ知財分野などで米国に譲歩している。できるだけ条文を変えない、それでついてこられない国はあとではいってきてもらう、といった見切りが必要だ。

――米国抜きのTPPに対する各国の反応は…。


木村 ラテンアメリカ諸国からは「米国が抜けたなら中国を参加させよう」、「交渉に参加していなかった国を入れよう」といった掛け声が聞かれているが、それを言い出したら収集がつかなくなる。特に中国が入ってくると、中国が絶対に譲歩できない知財や国有企業改革といった分野で揉めることとなり、最初から交渉し直さなければならない事態に陥る。一方、オーストラリアは既存の交渉国だけで発効させた後に他の国を加盟させようという方針にある。各国の足並みが揃っていないなか、日本がはっきりと11カ国でやろうと言い始めたのは、自由化の旗を振る国が少なくなっているなか、日本としては失うものはないと考えたためだ。また、いつも国際社会で取れないリーダーシップが今回は取れるとも想定しているのではないだろうか。他方では、論理的にはこのまま発効できれば、米国がいつか加盟交渉を行って加盟すればいい。その際はもともと入っている国が有利であるため、米国に注文を付けられるようになる可能性もあるとの思惑もある。

――TPPが発効できなくなることで日本への影響は…。


木村 TPP関連法案の中身を見てみると、日本は農業以外は非常にマイナーな分野だけの法律変更に過ぎなかった。つまりTPPが発効されたとしても日本は農業以外に変更しなければならないものはないということだ。TPPはアベノミクスの第3の矢の成果だとの触れ込みであり、発効できれば目に見える成果として評価されていただろう。しかし、それはそれで間違いではないものの、TPPの発効が遅れることで、日本の改革が遅れるというほど、TPPは日本の改革を約束していたものではない。むしろTPP交渉の段階では日本政府は、「TPPが発効されたとしても何も変えなくてもいいから安心してください」と、国内改革とリンクさせないというのが基本方針の下、交渉を進めていた。つまり直接的な経済効果は小さいものであったため、発効できなくなったからと言って何かを失うものではない。一方、TPPによって改革を進めようとしていたベトナムやマレーシアなど発展途上国や新興国では投資環境改善が遅れる。TPPによる改革で事業環境が整備され、外資流入が期待されていたためだ。

――RCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉への影響は…。


木村 RCEP交渉が進められているが、以前はTPPが進んでいるからRCEPも進めなければならないという機運はあり、TPPが倒れたことでRCEPも止まるのではと懸念されている。しかし、面白いことにそうなってはいない。2月末から3月にかけて神戸で開催されたRCEP交渉会合では、ASEANが早期妥結に強い姿勢を示した。RCEPは中国主導だと言われているが、実は中国はあまり前向きではなく、もともとASEANが中心になって進めている。今年はASEAN設立50周年にあたる年であることから何かしら実績を残したいという思いもありTPP早期妥結に積極的な姿勢を示している。他方では米中首脳会談で貿易不均衡が課題とされたことを背景に、中国でも自由化のアジェンダが必要となっており、RCEPに前向きになってくると想定できる。結果としてRCEP交渉は止まるというよりは加速する兆しが見られている。同様に日EUEPA交渉も止まっていない。ブリュッセルのなかには保護主義に対抗して自由化アジェンダが必要だと考えている人もいる。日EUEPAが完全に妥結するのは欧州の選挙が終わってからでないと難しい。トランプ政権が何をしてくるのか予測不能だが、いろいろなところで保護主義への警戒心から逆に自由化アジェンダを掲げる国が増えている。

――このなか、日米関係はどうなるのか…。


木村 正直言って全然わからない。ただ、トランプ政権は出足から移民の話で司法に阻止され、またオバマケアでは議会との関係でうまくいかなかったりし、ツイッター通りの無茶な話は通らないということを理解してきたと思う。とはいえ、安全保障と通商政策はホワイトハウスが自由に動ける部分が大きいことから今後何をしてくるかは想定できない。一番危険なのはやはり安全保障だ。通商問題にも当然響いてくる。他方、通商問題に関しては、商務省以外、USTR(米国通商代表部)の代表が決まっていないほか、国家通商会議が新設されたため、どの部局が何を担当するのか決まっていないなど、米国側の通商チーム編成が出来ていない状態にある。つまり、組織だった通商戦略はまだ始まっていないと考えるべきだ。このため、日米経済対話を実施したものの、何をするか米国側がまだまとまっていないことから全く中身は無かった。またこのような状態であるため、先の米中首脳会議で取りまとめられた100日計画についても中国側の課題として報道されているが、むしろ米国側が処理できるかどうかの方がわからない。一方、米国の立場で近々の課題は日本や中国よりもNAFTA(北米自由協定)とメキシコとの関係だろう。NAFTAの再交渉をどのようなトーンで行うのかを見ると、日本政府も作戦が立てられるようになると見ている。日米経済対話では、3つのアジェンダ(貿易投資のルールと課題に関する共通戦略、分野別協力、経済および構造政策分野)が出されたが、要するに日本側としては通商問題あるいは為替問題だけに特化しないようになるべく広範なアジェンダを設定したいということだ。特に為替については財務省ベースで話し合い、通商政策から切り離していきたいという思惑がある。また、はっきり言って日本が米国にやってもらいたいことはほとんどない。既に米国市場で日本企業は自由にビジネスをやらせてもらっており、日米FTA交渉自体については日本は受けざるを得ないだろう。

――日米FTAでは日本側は農業しか譲歩するものが無くなっている…。


木村 日米構造協議(1989~1990年)当時は金融や保険、流通、系列取引など日本が変わらなければならなかったものは多々あったが、市場開放を進めてきた日本では米国に対して譲歩しなければならないようなやましいものは農業以外なくなってきている。農業は絶対に日本が変わらなければならない。TPPの協定文がすべて出た後でも日本米は壊滅すると風潮する人がいるなど抵抗はまだまだ根強いものの、TPP交渉以降、農業を実際やっている人々からは補助金に頼らず、生産性を上げなければならないという声も挙がってきている。改革機運が出てきた今だからこそ国境措置を整理すべきだと思う。他方、米国が理屈に合わないようなことを言ってくるとすれば、米国の自動車を日本で売れるように、安全基準や環境基準、ディーラー網などの見直しを迫ってくる可能性がある。ただこれは、最終的には、売りたいと思っている米国企業が努力しなければならない。半導体抗争で輸入数量義務が課せられたような流れに絶対なってはならない。