歴史的役割終えた今の監査制度

歴史的役割終えた今の監査制度

青山学院大学 大学院
会計プロフェッション研究科 教授
八田 進二 氏


聞き手 編集局長 島田一

――今の監査制度は投資家保護に貢献しているのか…。


八田 監査制度の根幹をなす公認会計士法は、戦後、新たに証券取引法(現在の金融商品取引法)が制定された同じ1948年にできたもので、投資者保護という証券取引法の趣旨に合致する形で運用されてきている。当時は直接金融の割合が低く、現在のように市場が機能していたわけではないが、監査が投資家保護のためであることは明らかだった。ただ、当時は大企業であっても監査は個人の公認会計士で対応しており、会社の圧力に屈し誤った意見を出す事例も頻発した。また、企業の活動も複雑化が進んだため、組織的な監査を行う目的と監査人の独立性を一層強化するよう、1966年改正の公認会計士法で監査法人の仕組みが誕生した。監査法人は5人以上の公認会計士が社員として出資し、連帯して無限責任を負う点が特徴的である。監査法人が誕生した当時は、今より少ない人数の会計士が、合名会社や組合の様に運命共同体的な視点で監査業務を行うことが前提にあり、現在のように出資者である社員が数百人もいる大規模な組織となることは想定されていなかった。そのため、現在ではこの大規模組織で意思決定ができるよう、代表社員を定めているが、これらの代表社員が、組織運営に必要なマネジメントに長けているわけではない。また、本年3月には監査法人のガバナンス・コードが定められ、第三者の視点を入れて経営するべきとされているが、監査法人の経営マネジメントができる人材は極めて少ない。コードでは、通常の会社経営と同様のガバナンスが求められるが、監査法人の成り立ちはそもそも通常の企業と異なっている。監査法人の仕組みができた当時は、独立性を持った専門家集団を作り上げる役割を果たしていたが、監査法人の組織が大規模化した今では、既に歴史的な役割は終えたのではないかと思っている。

――監査法人の制度が時代に合わなくなっている…。


八田 まず、監査法人の規模が拡大した今でも、何か監査上の不祥事が起きれば、自分とは全く関係のない他の社員が起こしたものであっても、原則として、連帯責任として全員が処分を受けることになる。2006年の、みすず監査法人(前身は、中央青山監査法人)の解散は象徴的な例だ。カネボウの粉飾決算に絡み、2カ月間の業務停止処分を受けたことで、会計監査人としての法的地位を喪失したため、この間一律に上場会社を含む数千社の顧客の監査業務を担当することができなくなった。その結果、公認会計士法の改正もなされて、一部、有限責任制度が導入されたが、今でも他の監査チームがどのような監査をしているかはわからない状況には変わりがない。また、監査法人による財務基盤の確立がしにくくなっている現状がある。監査法人の収入源は法定監査報酬のウエイトが高いが、法律で定められた義務としての法定監査は、企業側ができるだけコストを下げようとするため、監査法人側ではギリギリのコストで監査することにつながりやすいうえ、契約更新を前に経済的なプレッシャーがのしかかることになる。こうしたことから、監査法人は、会計全般で潤沢なサービスが提供できる総合的な会計事務所に転換を図るべきだと思っている。米国のエンロン事件では、会計事務所が監査報酬とコンサルティング報酬を同時に受け取っていたことで信用を失った。このため、総合的な会計事務所に対して反対する向きも多いが、エンロン事件後の米国での制度も検討して、監査人として利益相反が起きない仕組みとすれば良いのではないか。

――日本での制度改正の機運は…。


八田 2003年には、公認会計士法が37年ぶりに改正されたが、財務基盤の確立に寄与する制度とはならなかった。むしろ公認会計士試験制度の見直しという点では、改悪されたと言ってもよい。規制緩和と社会人受験者への負担減少などを理由に、大学一般教養レベルの1次試験をはじめ3段階あった試験制度が簡素化され、受験資格としての学歴要件そのものが撤廃された。これにより、中学卒業の16歳の最年少合格者が出たが、こうした若年層の人が、企業経営を前提にした幅広い知識を備えて、会計監査というプロフェッショナルの世界で通用する経験を持っているとは考えられない。監査業務は、企業の取締役や財務経理担当者と議論を経て財務諸表の適否を判断するため、大人としての知見や経験が求められる場面は極めて多い。また、新試験制度への移行にあたり、高度な倫理観の養成と実践的な専門教育の実現を目指した会計の専門職大学院ができたものの、近道での試験合格が可能ということもあって、多くの会計大学院では学生の募集停止が相次いでいる。現在のこのような試験で合格した会計士が、社会的な尊敬を得るプロフェッションとなるのは大変難しい。実際、現行の試験制度導入後、明らかに試験が易しくなり合格者が大量に発生し、合格しても就職できない待機合格者が社会的にも問題となった時期があった。公認会計士の登録には2年以上の業務補助や実務従事経験が必要となるが、多数の合格者が出たことで監査法人への就職が難しくなった。また、監査法人も、若手の採用に合わせベテラン会計士のリストラを実施した結果、年齢構成がいびつになり、適切な指導や監督が受けられない会計士もでている。

――東芝(6502)など、企業による不正会計が後を絶たない…。


八田 東芝は先駆けて指名委員会等設置会社を採用して複数の社外取締役を任命し、ガバナンスの優等生と見られていた。東芝事件で改めて分かったことは、重要なのはガバナンスの仕組みをどう運用していくかということだ。たとえ過去に相当の地位にいて成功体験を有する人が社外取締役に就いても、執行に対する厳格な監視・監督ができなければ意味がない。時代が変化するなか、「昔取った杵柄」では役に立たなくなっている。その点、東芝も含め、不正の発覚は内部告発によるものが圧倒的に多い。以前は会社組織に対する帰属意識が高い社員が多かったが、今の社員は以前と異なる倫理観を持ち、社内の不正に対して見逃してはならないと思う人が多いと感じられる。また、SNSの発達など以前にはなかった伝達手段もあるため、上司や同僚に相談する前に外部に情報が出ることさえ考えられる。一般に、社外取締役に就くような高年齢の世代では、こうした時代の感覚について行けていないこともありうる。但し、社外取締役などの外部の視点によるガバナンスの制度自体が無くてよいというわけではない。日本では単一民族での価値観で動いているが、海外では多民族が交わるため、契約社会における対応も考慮に入れて、目に見える形での説明ができなければ海外投資家への説得力を持たない。

――東芝問題ではまだ刑事告発がされていない…。


八田 証券取引等監視委員会は、東芝に対し課徴金納付命令の勧告をなすにとどまり、これまでのところ刑事告発は行われていない。今回のような深刻な事案であっても刑事告発がなされないというのであれば、今後の経済事案で経営者責任が問われることはほとんどないのではないか。東芝は日本を代表する名門企業だったが、今では上場維持が危ぶまれる中、株式についても一部の投資家によるマネーゲームの材料になっている。東芝の事案は、国内の先端技術を守るという国の意向とも絡んで、再建への道のりは大変厳しい状態にあるが、これまでの対応からして、個人投資家は蚊帳の外に置かれた状態であり、日本株への長期投資など敬遠されかねない。当然、海外投資家の方がこの問題を深刻視している。日本では、相変わらず誰もが知る大企業による不正会計が相次いでいる。経営者に対する厳しい罰則がある海外に比べれば、日本では経済事案に対する経営者責任の追及については大変甘い状況にあると言われている。処分が甘い理由として、海外では個人の利益獲得が不正の動機となることが多いのに対し、日本では個人ではなく組織防衛のためだったいう理屈がまかり通っている。確かに、法外な個人利益を得ているわけではないかもしれないが、不正発覚を先送りして企業役員の立場にとどまり、結果として企業価値を大きく毀損させてしまっている以上、「仕方が無い」ということで安易な処分に終始することは世界の論理では通用しない。